
ベトナムにおけるM&Aは、日本企業にとって戦略的な市場参入手段として注目を集めています。本記事では、ベトナムM&Aの具体的なメリットから成功のための実践的なポイント、そして効果的な手順までを詳しく解説します。2025年最新の市場動向を踏まえ、ベトナムでのM&A成功に必要な知識を網羅的にご紹介します。
ベトナムの基本的特徴とM&A市場の現状
ベトナムは東南アジアの中でも特に成長著しい国として知られています。2025年現在、約9,500万人の人口を擁し、そのうち約70%が35歳以下の若年層で構成されています。この人口構成は、日本とは対照的な若さあふれる市場環境を生み出しています。
経済面では、2025年のGDP成長率は6.6%と予測されており、ASEAN諸国の中でも上位の成長率を維持しています。
ベトナムM&A市場の動向
ベトナムのM&A市場は、ASEAN諸国の中でシンガポールに次ぐ活発さを示しています。2025年には、M&A取引総額が前年比15%増加し、約80億ドルに達すると予測されています。従来は小規模案件が中心でしたが、近年では取引規模の拡大傾向が見られます。
ベトナムでは、外資による買収だけでなく、国内企業同士のM&Aや、ベトナム企業による海外企業の買収も増加しています。これは、ベトナム企業の資金力と国際的な競争力が高まっていることを示しています。
対象産業の多様化
ベトナムのM&A市場は、従来の製造業中心から多様な産業へと広がっています。特に2025年は、小売業、消費財製造業、金融業、不動産業、そしてデジタルトランスフォーメーション関連産業でのM&A活動が活発化しています。
物流業界への直接投資額は前年比20%増加しており、特にVILOG(ベトナム国際物流展示会)などを通じて物流業界のM&A機会が増えています。また、製造業では、MTA Vietnam(機械・金属加工展)などの展示会を通じて、先進技術を持つ企業とのマッチング機会も増えています。
ベトナムM&Aの6つのメリット
ベトナムでM&Aを行うことには、他のASEAN諸国と比較しても多くのメリットがあります。
将来性の高い市場へのアクセス
ベトナムは人口増加と経済成長を背景に、将来的な市場拡大が大いに期待できます。2025年以降も年間6〜7%のGDP成長率が見込まれており、消費市場としての魅力が高まっています。特に都市部での中間層の拡大により、高品質な製品やサービスへの需要が急増しています。
将来の市場拡大を見据えた早期参入が競争優位性を確立する要素となるため、M&Aによる迅速な市場参入は非常に価値のある戦略です。すでに市場に根付いている企業を買収することで、市場認知やブランド価値を短期間で獲得できます。
政府間の投資活動の推進
日越投資協定(2004年発効)により、投資や財産の保護が法的に担保されています。さらに2025年の改定により、投資家保護の枠組みが強化され、紛争解決メカニズムも整備されました。これにより、日本企業がベトナムでM&Aを行う際の法的リスクが大幅に軽減されています。
両国政府は定期的な投資促進フォーラムを開催しており、M&A案件に関する情報共有や支援体制も充実しています。日本企業のベトナム進出を後押しする政策環境が整っていることは、M&Aを検討する上で大きなメリットと言えるでしょう。
比較的少額での投資が可能
ベトナム企業は比較的規模が小さいケースが多く、M&Aに必要な投資額を抑えることができます。
また、一部の業種では外資の出資比率に制限があるため、必ずしも100%買収する必要がなく、資本提携から始められることも投資リスクの分散につながっています。段階的な出資比率の引き上げを計画することで、より慎重にベトナム市場に参入することができます。
豊富な人材と労働力
ベトナムの生産年齢人口は約6,700万人で、ASEAN内でも上位に位置しています。特に若年層の割合が高く、平均年齢が30歳程度という若い労働力が豊富です。教育水準も年々向上しており、特に理系分野の優秀な人材を確保しやすい環境が整っています。
日本語教育も広がりを見せており、約10万人の日本語学習者がいるとされています。これは、M&A後の日本企業とのコミュニケーションをスムーズにする要因となっています。人材の質と量の両面で優位性があることは、M&A後の事業展開において大きな強みとなります。
諸外国との良好な関係による多国展開の容易さ
ベトナムは「包括的戦略的パートナーシップ」を多くの国々と締結しており、国際的なビジネスネットワークを構築しやすい環境にあります。特に日本とは2023年に関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げし、経済面での協力が一層強化されています。
さらに、ベトナムはCPTPPやRCEPなどの自由貿易協定に参加しており、ASEAN各国やその他の主要国への輸出基盤としても優れています。ベトナム企業を買収することで、これらの貿易協定のメリットを享受しながら、多国間でのビジネス展開が容易になります。
急速に進むインフラ整備
ベトナム政府はGDP比5.8%に相当する大規模な公共投資を実施しており、交通・通信インフラの整備が急速に進んでいます。特に南北高速道路や都市間鉄道の整備、港湾設備の近代化が進み、物流コストの削減とサプライチェーンの効率化が実現しています。
デジタルインフラも急速に発展しており、5G通信網の整備や電子政府の推進など、ビジネス環境のデジタル化が進んでいます。こうしたインフラの発展は、M&A後の事業運営をスムーズにし、成長戦略を支える重要な要素となっています。
ベトナムM&A成功のための課題と対策
ベトナムでのM&Aには多くのメリットがある一方で、いくつかの課題も存在します。これらの課題に対して適切な対策を講じることが成功への鍵となります。
為替レート変動リスクへの対応
ベトナムでのM&A取引は主に米ドル建てで行われることが多く、円建ての予算との間に為替変動リスクが生じます。米ドル/円の為替相場は変動が激しく、M&A計画に大きな影響を与える可能性があります。
為替リスクをヘッジするための金融商品の活用が重要です。具体的には、先物為替予約やオプション取引を活用することで、為替変動リスクを軽減できます。また、M&A契約において為替変動に応じた価格調整条項を設けることも一つの対策です。
法規制の相違と出資制限
ベトナムでは特定の業種において外国資本の出資・買収が禁止または制限されています。「条件付き経営投資分野」として228種類の業種が指定されており、それぞれに固有の規制が存在します。
これらの規制に対処するためには、現地の法律事務所や専門家との連携が不可欠です。出資制限がある業種では、合弁会社の設立や現地パートナーとの協力関係構築など、代替的なアプローチを検討することが重要です。例えば、小売業では出店数に制限があるため、フランチャイズモデルを採用するなどの工夫が必要になります。
企業評価の不透明性の克服
ベトナムの中小企業では、財務資料が十分に整備されていないケースが多く見られます。特に非上場企業では、国際的な会計基準に準拠した財務諸表が作成されていないことも少なくありません。
この課題に対処するためには、徹底したデューデリジェンスを実施することが重要です。信頼できる現地の会計事務所や監査法人と協力し、財務諸表の再構築や資産評価の適正化を行うことで、企業価値の正確な把握が可能になります。また、アーンアウト条項を導入することで、評価の不確実性に対するリスクを軽減できます。
決算書の透明性の問題
ベトナム企業では、二重帳簿などの不透明な会計慣行が存在する場合があります。税務対策のために実際の収益や資産を過少申告するケースも見られ、企業の実態把握を難しくしています。
この問題に対処するためには、財務デューデリジェンスに加えて、ビジネスデューデリジェンスや法務デューデリジェンスを並行して実施することが効果的です。顧客との取引実績や契約書、実際の在庫状況など、財務諸表以外の情報源から企業の実態を検証することが重要です。また、買収契約に表明保証条項や補償条項を盛り込むことで、買収後に発覚した問題に対する法的保護を確保できます。
買収後の事業統合における課題
M&A成功の鍵は、買収後の事業統合(PMI)にあります。ベトナムと日本の間には、法規制、文化、会計基準などの違いがあり、統合プロセスが複雑になることが多いです。
効果的なPMIを実現するためには、買収前から統合計画を策定し、段階的に実行することが重要です。特に重要なのは人材の統合で、キーパーソンの維持とモチベーション向上のための施策が必要です。また、日本本社とベトナム子会社の間でのコミュニケーションを円滑にするため、バイリンガル人材の配置や定期的な会議体の設置などの工夫が効果的です。
賄賂リスクへの対応と予防策
ベトナムでは行政手続きの過程で不適切な要求を受ける可能性があります。汚職防止法の強化が進んでいるものの、実務レベルでは依然として課題が残っています。日本企業としては、コンプライアンスを維持しながらもビジネスを進める必要があります。
賄賂リスクに対応するためには、まず社内の明確な行動指針とコンプライアンスポリシーを確立することが重要です。贈収賄防止に関する従業員教育も定期的に実施すべきです。また、現地当局との交渉や申請手続きでは、透明性を確保するために複数の担当者で対応することが効果的です。
不適切な要求に対しては、法的に認められた正式な手続きと手数料のみを支払う姿勢を明確にすることが重要です。また、信頼できる現地法律事務所や専門家を介して手続きを進めることで、リスクを軽減できます。賄賂に関するリスクは、M&A取引自体の合法性に影響を与える可能性があるため、特に慎重な対応が求められます。
現地の法律体系への適応
ベトナムの法律体系は日本と大きく異なり、統一企業法、投資法、証券法など独自の法体系が存在します。また、法律の解釈や運用が地域や担当官によって異なる場合もあります。M&Aを成功させるためには、これらの法的枠組みを正確に理解し、適切に対応することが不可欠です。
特に注意すべき点として、法令間の整合性が取れていない場合や、下位法令の公布が遅れる場合があります。また、行政通達が頻繁に変更されることもあるため、最新の法規制を常に把握する必要があります。
現地の法律体系に適応するためには、経験豊富なベトナム法律専門家との連携が不可欠です。特にM&A取引においては、日本の法律専門家とベトナムの法律専門家の両方を起用し、両国の法的視点からリスク評価を行うことが推奨されます。また、契約書の作成においても、ベトナムの法的要件を満たす条項を盛り込むことが重要です。
ベトナム企業と日本企業の組織・制度の違い
ここでは、ベトナム企業と日本企業の組織構造や制度の違いを解説します。これらの違いを把握し、買収後の統合プロセスをスムーズに進めましょう。
企業形態の違い
ベトナム企業の形態は、日本の会社形態とは異なる特徴を持っています。ベトナムの「公開会社」は、必ずしも証券取引所に上場している企業を意味するわけではありません。資本金が100億ドン(約5,000万円)以上、または株主数が100人以上の企業は「公開会社」として分類されます。
ベトナムの企業形態は主に3種類あります。1人有限責任会社は個人が100%所有する形態で、小規模ビジネスに多く見られます。2人以上有限責任会社は、50人以下の社員(出資者)による共同所有形態です。株式会社は3人以上の株主によって設立され、最も柔軟な資金調達が可能な形態となっています。
買収対象企業の形態に応じた適切なM&A手法の選択が重要です。例えば、有限責任会社の場合は出資者の持分譲渡という形になりますが、株式会社の場合は株式取得という形になります。それぞれの形態によって、取引手続きや必要な許認可が異なります。
役職名や組織機関の違い
ベトナム企業の役職名や組織機関は、日本とは異なる体系を持っています。特に注意すべきは「委任代表者」という役職で、これは会社を代表して法的に責任を負う人物を指します。日本の代表取締役に近い役割ですが、複数人設置されることも珍しくありません。
「会長」はベトナム企業の最高意思決定者で、株主会や取締役会を主導する立場にあります。「社長」は日常的な業務執行の責任者であり、日本の社長や最高経営責任者(CEO)に相当します。この二つの役職の権限関係は企業によって異なるため、買収前に明確に把握することが重要です。
監査役会の役割も日本とは異なります。ベトナムの監査役会は独立性が低く、形式的な存在にとどまっているケースが多いです。そのため、買収後にはコーポレートガバナンスの強化が必要になることが多いでしょう。
意思決定プロセスの違い
ベトナム企業の意思決定プロセスは、日本企業と比較してよりトップダウン型の傾向があります。オーナー経営者の権限が強く、重要な決定はオーナーの判断に委ねられることが多いです。そのため、買収交渉においてはオーナーとの良好な関係構築が特に重要になります。
株主総会の定足数や決議要件も日本とは異なります。例えば、ベトナムの株式会社では、定款変更や会社解散などの重要事項には75%以上の賛成が必要とされることが一般的です。こうした高い賛成率の要件は、買収後の経営方針変更を困難にする可能性があります。
社内コミュニケーションのスタイルも日本とは異なります。ベトナム企業では階層的なコミュニケーションが一般的であり、日本企業のようなボトムアップ型の提案や合意形成プロセスは一般的ではありません。買収後の組織統合においては、こうした文化的な違いを考慮したコミュニケーション戦略の構築が必要です。
ベトナムでの主なM&A手法と特徴
ベトナムでM&Aを行う際には、対象企業の形態や業種に応じて適切な手法を選択することが重要です。それぞれの手法には固有の特徴やメリット・デメリットがあります。
公開会社におけるTOB(株式公開買付)
ベトナムの公開会社の株式を取得する際、特定の条件下ではTOB(株式公開買付)が義務付けられています。具体的には、25%以上の株式を取得する場合や、すでに25%以上を保有している状態で10%以上の追加取得を行う場合にTOBが必要となります。
TOBのプロセスは国家証券委員会(SSC)の監督下で進められ、買収価格や条件の公表、一定期間の公開など、透明性の高い手続きが求められます。TOBは少数株主保護を目的としており、すべての株主に平等な売却機会を提供する必要があります。
TOBを成功させるためには、株主構成の事前調査と主要株主との関係構築が不可欠です。ベトナムの公開会社では、創業者一族や国有企業が大口株主となっているケースが多く、これらの主要株主の賛同を得ることがTOB成功の鍵となります。
非公開会社の株式取得
非公開会社の株式取得は、ベトナムでのM&Aにおいて最も一般的な手法です。この方法では、対象会社の株主から直接株式を購入することになります。手続きが比較的簡便であり、特に小規模な案件では効率的に進めることができます。
株式取得の大きなメリットは、会社の資産や負債を包括的に承継できる点にあります。事業の継続性が保たれ、既存の取引関係や許認可も維持されるため、買収後の事業運営がスムーズに進みやすいです。
一方で、対象会社の簿外債務や税務リスク、法的リスクなどの偶発債務も同時に引き継ぐことになります。そのため、徹底したデューデリジェンスを行い、潜在的なリスクを事前に把握することが極めて重要です。また、株式譲渡契約には表明保証条項や補償条項を盛り込み、買収後に発見された問題に対する保護策を確保することが推奨されます。
資産譲渡
資産譲渡は、対象会社の事業に関連する特定の資産や負債を選択的に取得する手法です。この方法では、買い手は取得したい資産や引き継ぎたい契約を個別に選択することができるため、不要な資産や潜在的なリスクを持つ負債を除外できます。
資産譲渡の主なメリットは、リスクの選別が可能な点にあります。特に、対象会社の財務状況や法的リスクに不透明な部分がある場合、資産譲渡は有効な選択肢となります。また、一部の事業だけを買収したい場合にも適しています。
ただし、資産譲渡には複雑な手続きが伴います。各資産の個別評価や譲渡登記、契約の移転手続き、従業員の移籍など、多くの作業が必要となります。特に不動産や知的財産権の譲渡には、各種許認可や登記手続きが必要です。また、ベトナムでは資産譲渡に対して付加価値税(VAT)が課される場合があり、税務面での検討も重要です。
合弁会社の設立
ベトナムの一部の業種では外資規制があるため、100%買収ができないケースがあります。そのような場合、現地パートナーとの合弁会社の設立が有効な選択肢となります。特に小売業、物流業、通信業などの規制産業では、この手法が一般的です。
合弁会社設立の利点は、現地パートナーの市場知識やネットワークを活用できる点にあります。許認可取得や政府機関との関係構築も、現地パートナーの支援を得ることでスムーズに進めることができます。また、投資リスクを分散できることも大きなメリットです。
合弁事業を成功させるためには、詳細な株主間契約の締結が不可欠です。経営権の所在、利益配分、技術やブランドの使用条件、撤退条件など、将来的な紛争を防ぐための条項を明確に定めておくことが重要です。また、定期的な経営会議や報告体制を構築し、透明性の高い運営を心がけることも成功の鍵となります。
ベトナムでのM&Aの手続きと流れ
ベトナムでのM&Aプロセスは、日本とは異なる法的要件や手続きが求められます。成功するM&Aを実現するためには、各段階での手続きを正確に把握し、計画的に進めることが重要です。
事前準備と市場調査
ベトナムでM&Aを成功させるための第一歩は、入念な事前準備と市場調査です。まず、自社の戦略目標を明確にし、M&Aの目的(市場参入、技術獲得、顧客基盤拡大など)を具体化します。次に、ベトナム市場の特性や業界動向、競合状況などを詳細に調査します。
市場調査の段階では、ベトナムの業界団体や商工会議所、JETROなどの機関から情報収集することが有効です。また、VIMF(ベトナム国際製造業展示会)やMTA Vietnam(機械・金属加工展)などの展示会に参加することで、業界の最新動向や潜在的なM&A候補企業と接点を持つことができます。
展示会参加は市場理解と人脈形成の両面で大きな価値があるため、積極的に活用すべきです。例えば、VILOG(ベトナム国際物流展示会)では、物流業界の主要プレイヤーが一堂に会し、業界の最新トレンドや技術を知ることができます。
対象企業の選定とアプローチ
市場調査を基に、M&A候補となる対象企業を選定します。選定基準としては、業界内での位置づけ、財務状況、成長性、シナジー効果の可能性、経営陣の質などが挙げられます。特に重要なのは、自社の戦略目標との整合性です。
対象企業へのアプローチ方法には複数の選択肢があります。直接アプローチする場合は、共通の取引先や業界団体を通じた紹介が効果的です。また、M&A仲介会社や投資銀行を活用する方法もあります。ベトナムでは人的ネットワークが重視されるため、信頼できる紹介者を通じたアプローチが成功率を高めます。
初期接触の段階では、機密保持契約の締結が重要です。その後、対象企業の基本情報を収集し、予備的な価値評価を行います。この段階で経営陣との面談を実施し、経営理念や将来ビジョンの共有度を確認することも重要です。相互理解を深めるために、複数回のミーティングを設定することが望ましいでしょう。
デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスは、M&Aの成否を左右する極めて重要なプロセスです。ベトナム企業のデューデリジェンスでは、財務、法務、税務、ビジネス、人事労務など多角的な視点からの調査が必要です。特にベトナム企業の場合、財務情報の透明性に課題がある場合が多いため、入念な調査が求められます。
財務デューデリジェンスでは、公式の財務諸表だけでなく、実際の取引記録や銀行口座の動き、主要顧客との取引履歴なども確認します。ベトナムでは二重帳簿が存在する可能性があるため、実態を正確に把握するための工夫が必要です。
法務デューデリジェンスでは、企業登録証明書や事業許認可の有効性、土地使用権証書、知的財産権の保有状況、主要契約書などを精査します。特に土地使用権については、期間や用途制限を詳細に確認することが重要です。また、訴訟リスクや規制順守状況なども調査対象となります。
税務デューデリジェンスでは、過去の納税状況や税務調査の履歴、移転価格税制への対応状況などを確認します。ベトナムでは税法解釈が変更されることもあるため、潜在的な税務リスクの把握が重要です。
M&A交渉と契約締結
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な買収価格や条件の交渉に入ります。ベトナムでの交渉においては、価格だけでなく、支払い条件、経営権の移行方法、主要人材の継続雇用条件なども重要な交渉ポイントとなります。
契約書作成の段階では、日本の法律専門家とベトナムの法律専門家の両方を起用することが推奨されます。特に重要なのは、表明保証条項と補償条項です。これらの条項は、買収後に発見された問題に対する保護を提供します。また、クロージング条件を明確に定めることも重要です。
ベトナムのM&A契約では、アーンアウト条項や競業避止条項が一般的に含まれます。特に、売り手が創業者である場合、一定期間の競業禁止を契約に盛り込むことが重要です。また、主要な経営陣や従業員の継続雇用を確保するための条項も検討すべきです。
行政手続きと許認可の取得
ベトナムでのM&Aには、複数の行政手続きと許認可取得が必要です。まず、外資による買収の場合、計画投資局(DPI)からの投資登録証明書の取得または変更が必要となります。特に51%以上の株式取得や条件付き投資分野での買収の場合は、事前承認が求められます。
次に、企業登録証明書の変更手続きを行います。これは商工局(DIT)に申請します。株主または社員の変更通知を提出し、新しい企業登録証明書を発行してもらいます。
特定の規制産業(金融、保険、通信、不動産など)でのM&Aでは、業界の監督官庁からの追加的な承認が必要となる場合があります。例えば、金融機関の買収ではベトナム国家銀行の承認が必要です。
これらの行政手続きには一定の時間を要するため、スケジュールに余裕を持たせることが重要です。一般的に、手続き完了までに3〜6ヶ月程度かかることを想定しておくべきでしょう。
クロージングと買収後の統合
すべての行政手続きと許認可を取得した後、クロージングを行います。クロージングでは、最終的な代金支払いと株式または資産の譲渡が行われます。ベトナムでは、投資資本金専用口座を通じた送金が求められることが一般的です。
クロージング後は、買収後統合(PMI)のプロセスが始まります。PMIの成否がM&A全体の成功を左右するといっても過言ではありません。効果的なPMIには、詳細な統合計画と実行チームの設置が不可欠です。
統合の初期段階では、経営体制の移行と主要業務の継続性確保が優先事項となります。日本本社からの駐在員派遣と現地経営陣との役割分担を明確にすることが重要です。また、従業員向けのコミュニケーションを丁寧に行い、不安や抵抗感を軽減することも成功の鍵です。
中長期的には、業務プロセスやシステムの統合、企業文化の融合を進めていきます。特に日本企業の品質管理や業務効率化のノウハウを現地に導入する際は、現地の文化や慣習に配慮した段階的なアプローチが効果的です。定期的なモニタリングと必要に応じた計画の調整を行いながら、統合プロセスを進めていくことが重要です。
買収承認プロセスの適切な管理
ベトナムでのM&Aには、複数の政府機関からの承認が必要です。一般的には、計画投資局(DPI)からの投資登録証明書の取得・変更、商工局(DIT)への企業登録証明書の変更申請などが基本的な手続きとなります。
買収承認プロセスをスムーズに進めるためには、申請書類の正確な準備と関係当局との良好な関係構築が求められます。特に必要書類の準備は入念に行い、ベトナム語への正確な翻訳や公証・認証も含めて漏れなく対応することが必要です。
承認プロセスには時間を要するため、スケジュールに十分な余裕を持たせることも重要です。一般的に、シンプルなケースでも3ヶ月程度、複雑なケースでは6ヶ月以上かかることも少なくありません。また、承認プロセスの遅延リスクを考慮し、M&A契約にはクロージング期限の延長条項を盛り込むことも検討すべきでしょう。
企業登録証明書の変更手続き
株式取得や持分譲渡が完了した後、企業登録証明書の変更手続きが必要となります。この手続きは商工局(DIT)に対して行い、新しい株主構成や取締役会構成を反映させます。
変更手続きには通常10〜15営業日を要しますが、地域や案件の複雑さによっては更に時間がかかる場合もあります。手続きを迅速に進めるためには、必要書類の事前準備と正確な記入が重要です。
企業登録証明書の変更が完了するまでは、正式に経営権が移転したとは見なされません。そのため、買収対価の支払いタイミングについては、変更手続き完了後とすることが一般的です。ただし、一部の支払いを前払いする場合は、エスクロー口座の活用などの安全措置を講じることをお勧めします。
M&A手続きにかかる時間の現実的な見積もり
ベトナムでのM&Aプロセスは、当初の予想よりも長期化することが一般的です。初期の交渉から最終的なクロージングまで、通常6ヶ月から1年程度を見込むべきです。特に複雑なケースや規制産業では、さらに時間がかかる場合もあります。
時間がかかる主な要因としては、デューデリジェンスの複雑さ、価格交渉の長期化、各種許認可取得の遅延などが挙げられます。特に行政手続きには予想以上に時間がかかることが多いため、あらかじめ余裕をもったスケジュールを立てておくことが重要です。
現実的なスケジュール管理のためには、各プロセスの所要時間を余裕を持って見積もり、マイルストーンを設定して進捗を管理することが効果的です。また、長期化するプロセスの中で対象企業の状況が変化する可能性もあるため、定期的に情報をアップデートし、必要に応じて戦略を調整することも重要です。
ベトナムM&A成功のための重要ポイント
ベトナムでのM&Aを成功させるためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。以下に、市場動向を踏まえた10の重要ポイントをご紹介します。
買収競争の激化への戦略的対応
ベトナム市場の魅力が高まるにつれて、欧米やアジア諸国からの投資家も増加し、優良企業の買収競争が激化しています。韓国企業や中国企業の参入も活発化しており、買収価格の上昇傾向が見られます。
競争激化に対応するためには、独自の強みを活かした差別化戦略が重要です。日本企業の場合、技術力や品質管理、長期的なパートナーシップという強みをアピールすることで、価格競争に巻き込まれることを避けられます。また、事前に売り手企業との関係構築を進め、非公開での取引交渉を行うことも効果的な戦略です。
地域選定のポイントと産業集積の活用
ベトナムでM&Aを検討する際は、目的とする事業内容に最適な地域を選定することが重要です。製造業の場合、サプライチェーンや物流インフラへのアクセスを考慮すると、北部のバクニン省やバクザン省、南部のビンズオン省などが有力候補となります。
商業・サービス業の場合は、人口密度や所得水準を考慮し、ホーチミン市やハノイ市の都市部が適しています。特に消費者向けビジネスでは、市場の成熟度や競合状況を詳細に分析することが必要です。
地域選定では、産業集積の活用も重要なポイントです。同業種や関連業種が集積している地域では、人材確保や調達網の整備、技術・情報の交流などの面で優位性があります。例えば、電子機器関連企業を買収する場合、関連サプライヤーが集積するバクニン省を選ぶことで、サプライチェーンの効率化が期待できます。
また、各地域の地方政府の姿勢や投資優遇政策も考慮すべき要素です。例えば、ビンズオン省は外資誘致に積極的であり、行政手続きの効率化やワンストップサービスの提供など、ビジネス環境の整備に力を入れています。M&A後の事業展開をスムーズに進めるためには、こうした行政サポートの充実度も重要な判断材料となります。
土地使用権の取扱いと注意点
ベトナムでは土地は国有であり、企業は「土地使用権」を取得して利用します。土地使用権には「割当」と「リース」の2種類があり、期間や用途に制限があります。M&Aにおいては、この土地使用権の扱いが重要なポイントとなります。
株式取得の場合、原則として対象会社の土地使用権はそのまま維持されますが、外資比率が50%を超えると土地使用権の条件が変更される場合があります。特に「割当」方式で取得した土地使用権は、外資系企業への変更により「リース」方式に変更される可能性があります。
資産譲渡の場合は、土地使用権の譲渡に関する別途の手続きが必要となります。これには天然資源環境局の承認と、場合によっては追加の費用や税金が発生します。土地使用権に関する問題は、ベトナムM&Aにおける最も複雑な課題の一つであるため、専門家のアドバイスを受けながら慎重に進めることが重要です。
買収後の統合計画(PMI)の重要性
M&Aの真の価値は買収後の統合(PM)によって実現されます。特にベトナムのような異なるビジネス文化や慣行を持つ国でのM&Aでは、PMIの成否がプロジェクト全体の成功を左右します。
効果的なPMIのためには、買収前から詳細な統合計画を策定することが重要です。この計画には、組織構造の再設計、人材の配置と育成、業務プロセスの標準化、ITシステムの統合、企業文化の融合などが含まれます。特に重要なのは、「Day 1」計画と「First 100 Days」計画で、買収直後の混乱を最小限に抑え、スムーズな移行を実現するための具体的なアクションプランを定めておくことです。
PMIにおいて特に重要なのは人材の統合です。買収対象企業の優秀な人材の流出を防ぎ、モチベーションを維持するための施策が必要です。また、日本本社とベトナム子会社の間のコミュニケーションを円滑にするため、バイリンガル人材の育成や配置も重要です。さらに、定期的な進捗確認と必要に応じた計画の調整を行うフレキシブルなアプローチも成功のポイントとなります。
デューデリジェンスの徹底と潜在リスクの把握
ベトナム企業のデューデリジェンスは、日本国内の案件と比較してより慎重かつ徹底的に行う必要があります。財務情報の透明性が低い場合や、二重帳簿の存在、労務管理の不備など、様々な潜在リスクが存在する可能性があります。
効果的なデューデリジェンスのためには、財務、法務、税務、ビジネス、環境、人事労務など、複数の側面から総合的に調査を行うことが重要です。特に重要なのは、公式書類だけでなく、実際の取引データや現場確認を通じた実態把握です。
潜在リスクを事前に発見することで、取引条件の再交渉や補償条項の追加など適切な対応が可能になるため、デューデリジェンスへの投資は十分に価値があります。また、発見されたリスクの中には、買収後の改善計画に組み込むことで価値向上につながるものもあります。デューデリジェンスは単なるリスク検証ではなく、PMI計画の基礎となる重要なプロセスと位置づけるべきです。
現地パートナーとの関係構築と信頼醸成
合弁事業やパートナーシップを伴うM&Aでは、現地パートナーとの良好な関係構築が成功の鍵となります。特に規制産業や市場に深い知見が必要な分野では、信頼できるパートナーの存在が大きな差を生み出します。
良好なパートナーシップを構築するためには、まず相互理解と信頼関係の醸成が重要です。日本企業の戦略目標や経営理念を明確に伝え、同時にパートナーの事業観や価値観を理解することから始めましょう。また、定期的なコミュニケーションと情報共有の仕組みを構築することも重要です。
潜在的なトラブルを防ぐためには、詳細な株主間契約の締結が不可欠です。意思決定権限、利益配分、技術やブランドの使用条件、争議解決メカニズム、出口戦略など、将来起こりうる様々な状況に対する取り決めを明確にしておきましょう。特に重要なのは、日本側の経営参画の範囲と方法を具体的に定めることです。
まとめ
本記事では、ベトナムにおけるM&Aのメリットと成功に導くポイントについて詳しく解説してきました。人口約9,500万人を擁し高い経済成長を続けるベトナムは、M&Aを通じた市場参入の魅力的な選択肢となっています。
- 若い人口構成と6〜7%の経済成長率を背景に、将来的な市場拡大が期待できる
- 政府間の投資協定や豊富な人材など、M&Aを推進する基盤が整っている
- 比較的小規模な企業が多く、少額投資での参入が可能
- 地域によって異なる特性を持ち、北部は製造業、南部は消費財・サービス業が強い
- 法規制の相違や企業評価の不透明性などの課題には適切な対策が必要
- 買収後の統合(PMI)が最終的な成功を左右する重要な要素
ベトナムでのM&Aを検討される企業は、現地の法制度や商習慣を理解し、専門家のサポートを受けながら進めることをお勧めします。株式会社ビッグビートは、海外展示会出展のサポートをしています。特に、タイやベトナムに現地法人を有しており、出展企画の立案から展示ブースの設営、コンパニオンをはじめとする運営スタッフの手配や管理に至るまで、日本の高い品質基準を維持したまま、現地からの迅速なサポートを提供することが可能です。