ベトナムの半導体産業は、グローバルなサプライチェーン再編の中で急速に存在感を高めています。Intel、Samsung、Nvidiaといった世界的企業が相次いで投資を表明し、政府も2050年までに世界的な半導体ハブとなる目標を掲げる中、日本企業にとってもこの市場は見逃せない機会となっています。本記事では、ベトナムの半導体産業の全体像を市場規模、技術力、政府政策、主要企業の動向などの多角的な視点から徹底解説します。
ベトナムの半導体産業の概要
ベトナムの半導体産業は過去10年で劇的な変貌を遂げ、世界的な製造ハブとしての地位を確立しつつあります。ここでは、産業の成長背景、技術的な位置付け、そして主要な企業と地域拠点について詳しく見ていきます。
成長の背景と最近の動き
ベトナムの半導体産業の成長は、グローバルなサプライチェーン再編という大きな潮流の中で加速しました。米中貿易摩擦や新型コロナウイルスによるサプライチェーン混乱を経験した欧米企業は、中国への過度な依存からの脱却を目指し、ベトナムを有力な代替地として選択しています。低コストの製造拠点としてだけでなく、政治的安定性と地理的位置を評価されたことが、ベトナムへの投資増加の主要因となっています。
2024年時点でベトナムの半導体市場規模は182.3億米ドルに達し、2029年までに313.9億米ドルへと成長する見込みです。年平均成長率11.48%という高い成長予測は、国内需要の拡大だけでなく輸出拠点としての機能強化を反映しています。
ベトナム政府は2024年に半導体産業を国家戦略の中核に位置付け、2030年までに5万人の専門人材育成を目標とする包括的な支援策を発表しました。さらに2025年には、ベトナム初の国産半導体工場であるCT Semiconductorが稼働を開始する予定で、これまで外資依存だった産業構造に変化の兆しが見えています。
ベトナムの半導体における前工程と後工程の位置付け
ベトナムの半導体産業は、製造プロセスにおいて明確な特徴を持っています。現状では、ウェハー製造やリソグラフィといった前工程よりも、組立・検査・パッケージングといった後工程に強みを持つ構造となっています。世界の半導体組立・テスト市場におけるベトナムのシェアは着実に拡大しており、特にAmkorやIntelといった企業の大規模施設が後工程の中核を担っています。
なお、現在は前工程の技術的ハードルと設備投資の大きさから限定的な展開にとどまっていますが、政府は2030年までに約7,000人の設計エンジニア育成を進めており、中長期的な参入拡大が期待されています。一方、後工程では低コストの労働力と整備された物流インフラを背景に、主要都市近郊で24時間稼働体制を確立し、世界市場への迅速な供給を実現しています。こうした後工程の強みが、今後の前工程進出の土台となっています。
主要プレーヤーと地域クラスター
ベトナムの半導体産業は、外資系企業を中心とした主要プレーヤーと、それらが集積する地域クラスターによって形成されています。最大のプレーヤーはIntelで、ホーチミン市のサイゴンハイテクパークに世界最大級の組立・テスト施設を運営し、累計投資額は15億米ドルを超えています。
Samsungもバクニン省とタイグエン省に大規模な製造拠点を展開し、スマートフォンやタブレット向けの半導体部品を生産しています。こうしたグローバル企業の集積により、ベトナムは単なる製造拠点から、技術開発や研究機能を持つ総合的な半導体ハブへと進化しています。
地域的には、北部のハノイ周辺、中部のダナン、南部のホーチミン市という3つの主要クラスターが形成されています。ハノイ近郊のバクザン省やバクニン省は製造業の集積地として知られ、優れた物流アクセスと工業団地インフラを備えています。ホーチミン近郊のビンズオン省は外資誘致に積極的で、税制優遇と整備された産業環境が特徴です。
ベトナムの半導体市場規模と需要動向
ベトナムの半導体市場は、国内消費の拡大と輸出拠点としての機能強化という二つの側面から急成長しています。市場の構成要素、需要傾向について具体的なデータとともに解説します。
国内市場と輸出の構成
ベトナムの半導体市場は、国内需要と輸出という二つの柱で構成されています。2024年時点で市場規模182.3億米ドルのうち、約7割が輸出向けで、残り3割が国内消費という構造です。輸出先は北米が最大で全体の約40%を占め、次いでアジア太平洋地域が30%、欧州が20%となっています。
国内需要については、スマートフォンやノートパソコンといった消費者向け電子機器の普及拡大が牽引しています。ベトナムの中間所得層の増加により、1人当たりの電子機器保有台数は年々増加傾向にあります。特に5Gネットワークの展開開始に伴い、対応デバイス向けの半導体需要が急速に拡大しており、2025年以降は国内市場の成長が加速する見込みです。
用途別の需要傾向と重点分野
ベトナムの半導体需要を用途別に見ると、メモリチップ、ロジックIC、パワー半導体の3分野が市場を牽引しています。メモリチップは全体の約35%を占め、主にスマートフォンやデータセンター向けに需要が集中しています。Samsungの大規模投資により、この分野でのベトナムの存在感は特に大きくなりました。
ロジックICは約30%を占め、Nvidiaの参入を背景にAIや車載向け半導体の成長が期待されています。パワー半導体は約20%を占め、再エネや電気自動車の普及により需要が増加しています。残る15%はセンサーや通信用チップなどで、IoTの拡大に伴い今後もさらに成長する見込みです。
ベトナムにおける半導体の政府政策と支援策
ベトナム政府は半導体産業を国家戦略の中核に位置付け、包括的な支援体制を構築しています。ここでは、長期ビジョン、具体的な優遇措置、そして実際の投資誘致実績について詳しく解説します。
国家戦略と長期ビジョン
ベトナム政府は2024年に「半導体産業発展戦略2024-2030」を正式に承認し、2050年までの長期ロードマップを策定しました。この戦略は3段階のアプローチで構成されており、第1段階の2024年から2030年は産業基盤の構築期と位置付けられています。この期間には、5万人の専門人材育成、主要企業の誘致、そして国内企業の育成が重点目標とされています。
第2段階の2030年から2040年はグローバルセンター化の期間で、設計能力の向上と前工程への進出が目標です。政府は2035年までに国内の半導体設計企業を100社以上に増やし、独自の知的財産を持つ企業を少なくとも10社育成する計画を掲げています。第3段階の2040年から2050年は世界リーダーとしての地位確立を目指し、独自技術の開発と国際標準への影響力強化が焦点となります。
税制優遇と補助金の仕組み
ベトナム政府は半導体企業に対して、東南アジアでも最も手厚い税制優遇措置を提供しています。法人所得税については、通常税率が20%であるのに対し、半導体製造企業は特別優遇税率10%の適用を受けられます。さらに新規投資案件については、最初の4年間が免税、その後9年間は税率5%という極めて有利な条件です。
輸入関税についても大幅な優遇があり、半導体製造向け設備や原材料の多くが免税対象となっており、特にクリーンルーム設備や検査装置など高額機器は関税・付加価値税ともに免除されるため、初期投資コストを大幅に削減できます。さらに、研究開発費の最大50%を補助する制度や、技術者の採用・研修への助成、工業団地入居企業への土地使用料や電力料金の優遇なども整備されており、企業の運営・人材確保コストを大きく抑えられる環境が整っています。
規制緩和と投資誘致の実例
ベトナム政府は投資手続きの簡素化と規制緩和を積極的に進めています。2023年の投資法改正により、半導体プロジェクトに対する投資認可プロセスが大幅に短縮されました。
外資規制についても段階的に緩和が進んでおり、半導体設計や製造分野では100%外資所有が認められています。知的財産権の保護体制も強化されており、特許申請から認可までの期間が短縮され、国際標準に沿った保護制度が整備されつつあります。実際の投資誘致実績も顕著で、2023年から2024年にかけて累計50億米ドル以上の新規投資が承認されました。
ベトナムの半導体技術力と人材力
ベトナムの半導体産業における技術力と人材は、急速な成長の基盤であると同時に最大の課題でもあります。ここでは、現状の技術水準、人材育成の取り組み、そして日本企業との協力可能性について詳しく見ていきます。
現在の技術水準と得意分野
ベトナムの半導体技術は、後工程において国際水準に達しつつあります。組立・パッケージング・テストの分野では、IntelやAmkorの施設が最先端の技術を導入しており、7ナノメートルプロセスのチップにも対応可能な設備が稼働しています。品質管理体制も確立されており、国際的な品質規格であるISO 9001やISTS 16949の認証を取得した施設が増加しています。
設計分野については、約7,000人のエンジニアが活動していますが、まだ発展途上の段階です。現状では受託設計サービスが中心で、欧米企業の仕様に基づいた設計業務が主流となっていますが、一部の企業では独自設計のチップ開発も始まっています。特にIoT向けの低消費電力チップや車載用センサーなど、特定分野での技術蓄積が進んでいます。
人材育成の現状と課題
ベトナムの半導体人材育成は、量的拡大と質的向上の両面で課題を抱えています。政府は2030年までに5万人の専門人材を育成する目標を掲げていますが、2024年時点での専門技術者数は約1万5,000人に留まっており、大幅な増員が必要な状況です。特に設計エンジニアや製造プロセス技術者といった高度専門人材の不足が深刻で、企業の成長を制約する要因となっています。
人材育成のため、政府は主要大学に半導体専門課程を新設しています。多くの大学で学部・大学院レベルの教育プログラムが開始され、年間約2,000人の卒業生を輩出しています。しかし実務経験を持つ教員の不足や、最新設備の整備遅れといった問題があり、産業界のニーズに完全に応える水準には達していません。
日本企業との技術協力の可能性
日本企業とベトナムの半導体産業には、相互補完的な協力関係を構築できる大きな可能性があります。日本は半導体製造装置や材料分野で世界トップレベルの技術を持ち、ベトナムは製造コストと柔軟な労働力で優位性を持つため、両者の強みを組み合わせた協力が有効です。
実際に日本企業の進出も始まっており、ルネサスエレクトロニクスや東京エレクトロンが進出を進めています。こうした協力により、日本企業は製造コストを削減しながら、ベトナム側は先進技術を習得できるというWin-Winの関係が生まれています。
主要企業の進出事例と成功要因
ベトナムの半導体産業には世界的な大手企業が相次いで進出しており、それぞれが独自の戦略で成功を収めています。ここでは、代表的な企業の事例を通じて、進出の成功要因と教訓を探ります。
Intel ベトナムの投資戦略
Intelは2006年にベトナムへの投資を開始し、現在では累計投資額15億米ドル超という同社のアジア最大拠点の一つを運営しています。ホーチミン市のサイゴンハイテクパークに位置する施設では、組立・テストプロセスを担当し、年間数億個のチップを生産しています。Intelの成功要因は、長期的視点に立った段階的な投資戦略にあります。
Intelは当初、組立工程から事業を開始し、現地の労働力や物流環境を確認しながら段階的に生産能力を拡大してきました。近年は高度なパッケージング技術を導入し、2024年には最先端の3D実装技術を取り入れて、ベトナムを単なる組立拠点から高度製造センターへ発展させる計画です。また、独自の技術研修や大学との連携を通じて年間約500人の技術者を育成するなど、人材開発にも力を入れており、これが安定した生産基盤の確立につながっています。
Samsung Electronics の製造拠点展開
Samsungは2008年にベトナムへの投資を開始し、現在ではバクニン省とタイグエン省に大規模な製造拠点を展開しています。累計投資額は約180億米ドルに達し、スマートフォンやタブレット向けの半導体部品を生産しています。Samsungの戦略的特徴は、半導体部門と電子機器組立部門を一体的に運営していることです。
ベトナムで生産された半導体は、現地で組み立てられるスマートフォンに直接供給され、サプライチェーンの効率化を実現しています。この垂直統合モデルにより、物流コストの削減や納期の短縮が可能となり、グローバル市場での競争力を強化しています。また、Samsungは技術研修センターの設立や奨学金制度を通じて地域社会への貢献にも力を入れており、これが企業イメージの向上や優秀な人材確保にもつながっています。
ベトナムの半導体産業が直面する課題とリスク
急成長を続けるベトナムの半導体産業ですが、同時にいくつかの重要な課題とリスクも抱えています。進出を検討する企業が認識すべきリスク要因について詳しく解説します。
地政学的リスクと対中摩擦の影響
ベトナムの半導体産業は、米中対立という地政学的リスクに直面しています。米国の対中輸出規制が強化される中、ベトナム経由で中国に先端半導体が流出する可能性を警戒する声もあり、規制の対象となる恐れがあります。ベトナムで生産された半導体製品が最終的にどこに輸出されるかについて、より厳格な追跡と報告が求められるようになっており、企業は複雑なコンプライアンス対応を迫られているのです。
南シナ海をめぐる領土問題も潜在的なリスク要因です。ベトナムと中国は海洋権益で対立しており、緊張が高まった場合、物流や投資環境に影響が及ぶ可能性があります。進出企業はこうした地政学的リスクを継続的に監視し、リスク分散戦略を検討する必要があります。
サプライチェーンの脆弱性と対応策
ベトナムの半導体サプライチェーンは、依然として外部依存度が高く脆弱性を抱えています。半導体製造に必要な原材料や部品の大部分を輸入に依存しており、特にシリコンウェハー、化学薬品、製造装置などは海外からの調達が不可欠です。国際的な物流混乱や原材料価格の変動が、直接的に生産コストに影響します。
ベトナムの半導体産業では、電力供給の不安定さが大きな課題となっています。特に乾季には電力不足が発生しやすく、大規模工場では停電が数億ドル規模の損失につながる恐れがあります。政府も電力インフラ強化を進めていますが、需要の伸びに供給が追いついていません。また、物流面でも課題が残っています。港湾設備や道路網の整備は進んでいるものの、繁忙期には輸送遅延や港湾の混雑が発生します。
環境規制と生産廃棄物の管理課題
半導体製造は環境負荷が高い産業であり、ベトナムでも環境規制が年々厳格化しています。製造プロセスで使用される化学薬品や水の管理、そして有害廃棄物の処理について、国際基準に沿った対応が求められています。特に水質汚染に関する規制が強化されており、排水処理設備の導入と適切な運用が義務付けられています。
廃棄物処理のインフラも課題です。ベトナムには半導体産業廃棄物を適切に処理できる専門施設が限られており、多くの企業は自社で処理設備を導入するか、海外に輸出処理しています。廃棄物処理コストは年々上昇しており、環境対策費用が事業収益を圧迫する要因となっているため、進出時には十分なコスト計算が必要です。
ベトナムのビジネスには展示会出展が効果的
ベトナムでは、展示会への出展が企業のマーケティング戦略において極めて重要です。現地で開催される展示会は、自社の商品・サービスを認知してもらう最適な機会であり、特にB2B企業にとって欠かせない施策の一つとされています。開催数も年々増加しており、幅広い業種で行われる展示会は、効果的な販促チャネルとして注目されています。
展示会はテストマーケティングの場としても活用でき、現地顧客の反応を直接確かめることができます。さらに、単なる商品PRにとどまらず業界関係者とのネットワークづくりにも活用できるため、新規参入企業が現地での認知度を高め人脈を広げる上でも有効です。
このような対面での商談や交流を通じて有望な新規顧客の獲得やパートナー企業の発掘にもつながるため、展示会出展はベトナムにおけるB2Bビジネスで欠かせない施策となっています。
まとめ
ベトナムの半導体産業は、グローバルなサプライチェーン再編の中で急速に成長しており、政府の積極的な支援策と、世界的企業の大型投資により、製造拠点としてだけでなく研究開発機能を持つ総合的な半導体ハブへと進化しています。
- 市場は年平均11.48%で成長しており、特にAI半導体や車載半導体分野で高い成長が見込まれる
- 法人税10%の優遇税率や設備輸入関税免除など、東南アジアでも最も手厚い支援策が整備されている
- 後工程では国際水準の技術力を持つが、前工程や設計分野では人材不足が課題となっている
- 電力インフラの不安定性や環境規制の強化など、進出時に考慮すべきリスク要因も存在する
- 展示会への出展は現地での認知度向上とネットワーク構築に効果的な手段である
ベトナムの半導体産業への進出を成功させるには、正確な市場情報の収集と現地ネットワークの構築が不可欠です。特に展示会への出展は、現地顧客やパートナー企業との直接的な接点を持つ貴重な機会となります。
株式会社ビッグビートは、海外展示会出展のサポートをしています。特に、タイやベトナムに現地法人を有しており、出展企画の立案から展示ブースの設営、コンパニオンをはじめとする運営スタッフの手配や管理に至るまで、日本の高い品質基準を維持したまま、現地からの迅速なサポートを提供することが可能です。




